なぜ「陳情」なの?

選択的夫婦別姓の導入には、民法や戸籍法の改正が必要です。つまり本来、国会で話し合われるべき議題のはず。

なぜ地方議会の陳情が必要なの?国会議員に理解してもらえばいいじゃない。

そう思われる方もいらっしゃるでしょう。至極ごもっともな意見です。

内閣府の世論調査では賛成が反対を上回ったし、本来は真っ先に国会で審議されなきゃおかしいですよね。最高裁でもこのような判決が出ているのですから。

夫婦同氏制の採用については,嫡出子の仕組みなどの婚姻制度や氏の在り
方に対する社会の受け止め方に依拠するところが少なくなく,この点の状況に関す
る判断を含め,この種の制度の在り方は,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄に
ほかならないというべきである。

出典:平成27年12月16日 大法廷判決(全文)

最高裁は、国に判断を投げ返したのです。

だがしかし!

「国会議員に会ってお願いするだけでサクッと動いてもらえるなら、とっくの昔に法改正されてますがな…」が実感です。

何しろこれまで実に40年にもわたり、たくさんの人たちが国会に、司法に、世論に訴えてきました。現に今、いくつもの団体がロビイング(国会議員への働きかけ)を活発に行っています。野党6会派は2018年にも法案提出したし、4つの原告団から法改正を国に求める裁判も起きている。それでもいっこうに実現しないのが選択的夫婦別姓なのですから。

さまざまな議員さんとお会いするうちに、私は「地方議会に提出された陳情の『数』が重要なのでは」と感じるようになりました。当アクション事務局長・nanaが考える、その理由を書きます。

若者世代の投票率が低すぎる!お年寄りの意見の方が尊重される。

出典:総務省|国政選挙の年代別投票率の推移について

保守的な地域選出の議員さんほど、自分の地元有権者(つまりお年寄り)が支持する議案でなければ進めにくい。

最新の世論調査でも「選択的夫婦別姓の導入に反対」の層は60代で3割、70代では過半数を超えています。若者がいかに選択的夫婦別姓別姓を求めていようと、議員さんがこれに賛意を示した途端、地元有権者(何度もいうけど選挙に行くのはお年寄り)から「夫婦で別の姓!?女性が改姓して『嫁』になるのが当たり前なのに、けしからん!」と詰め寄られる危険性がある。下手したら落選してしまうかも…。ですから、積極的に賛成と言い出しづらいネタなのです。

若年層に「投票するな」と呼びかけるこのCMの通りのことが起こっています。「結婚世代」の20代〜30代のみなさん、もっと選挙に行きましょう。「こんな法律はオレらの時代にそぐわないから変えてくれ」とあなた自身の声で国にぶつけましょう。そうしなければ、この国の法律は因習にがんじがらめのまま。あと40年など余裕で変わらないかもしれません😱。

「意見書を国会にあげてよ。数で示してくれたら動くよ」by国会議員

実際のエピソードです。ある国会議員にお会いした時、こうおっしゃっていました。

あなたたちが困っているのは理解できる。だが議員は、昔ながらの家族観を持っている支持層の顔色を見ざるを得ない。だからこそ法改正を求める当事者があちこちで陳情をして、意見書を国会にあげて、『これだけ多くの人たちが法改正を求めているのだ』と示してくれれば、国会議員だって『これは審議すべき議題だ』とあげやすくなるんですよ。

この会話が「なるほど!それなら数でご覧にいれましょう」と当アクションを立ち上げるきっかけになりました。もちろんこれまでにも、それに気づいた方がたくさんいました。だからすでに全国津々浦々の議会から意見書が国会に送られているのです。先輩たち、ありがとう。

「世論は裁判の判決に影響を与える」by選択的夫婦別姓裁判の弁護士

選択的夫婦別姓裁判は、弁護士さんたちの善意(つまりボランティア)と賛同者のカンパによって支えられています。弁護団のお一人・野口敏彦弁護士が、「世論が司法に与える影響」をこのように解説してくださいました。

裁判は「法律の理屈のみで行われるもの」と,もしかすると多くの方が誤解されているかもしれません。でも,「法律の理屈」は,実はそれほど細部にわたり厳密に出来ているわけではありません。

特に夫婦別姓訴訟のような憲法訴訟の場合,憲法の条文は非常に抽象的に書かれているため,そこから「どのような理屈を導くか」(「どのように条文を解釈するか」)については,選択の余地が多分にあります。

その選択は誰が行うかというと,判決を書く裁判官が行います。

そして,日本の裁判官には,「立法(政治)の問題には,極力立ち入りたがらない」という特徴があります(例えば,自衛隊や駐留米軍の合憲性が問題になった訴訟や選挙区の議員定数不均衡訴訟では,裁判所は現状を変更することに極めて消極的な態度を取っています)。

これは究極的には,「たった一人の国民に過ぎない自分が,民意の裏付けを有する国会の判断を踏み越えて,現状を変更してしまってよいのか」という,裁判官一人一人の「おそれ」から来ていると思います。

平成27年に出された第一次夫婦別姓訴訟の最高裁判決も,「この問題は立法によって解決されるべき」としてボールを国会に返しましたが,まさにこの日本の裁判官の特徴が顕著に表れています。

多くの方がお気づきだと思いますが,夫婦別姓の問題は,理屈としてはほぼ結論は出ています。

憲法が「個人の尊重」と「両性の本質的平等」を基本的な価値として据えている以上,夫婦の一方から必ず「個人の人格の象徴」を奪うことになる夫婦同氏制より,夫婦の双方にその維持の余地を認める選択的夫婦別氏制の方が合理的であることは,誰の目から見てもほぼ明らかだと思います。

そうすると,最終的に裁判官に違憲判決を書いてもらえるか否かは,裁判官に上記のような「おそれ」を乗り越えてもらえるだけの「環境」を整えてあげられるかどうかにかかっているといっても過言ではありません。

かつて平成7年の時点では合憲とされていた非嫡出子(婚外子)の相続分差別規定が,平成25年になって最高裁によって違憲と判断されました。その理由として最高裁は,各種の「社会的事実の変化」を挙げました。

「社会的事実の変化」は,理屈の問題ではなく,事実の問題ですので,「創ることが可能」です。

人が動けば,すなわち世論が動けば,それはイコール「社会的事実の変化」です。もちろん,少しの変化では足りません。大きな変化が必要です。

一人でも多くの方が「実際に行動を起こして下さること」を,切に期待しています。

法律を変えてほしいと思う人がこんなにいるんだ!と示さない限り、さらに何十年先までもこの状況は変わらないでしょう。最高裁判所元判事の泉徳治さんも、インタビュー「司法でも政治でも社会でも、あきらめずに声をあげていくことが大事」と語っています。

さあ、あなたも一緒に声をあげましょう。一人一人の声がどんなに小さくても、数集まればきっと、この国の法律は変わります。