重慶出身の留学生が調査研究した『日本の選択的夫婦別姓の議論とその背景』

選択的夫婦別姓の基礎知識

王雅馨(WANG YAXIN)さんは、中国の重慶市出身です。大学は日本語を専攻として勉強し、2017年から日本に留学しています。2018年に上智大学大学院の社会学専攻に進学し、家族社会学の分野で研究に取り組みました。

そのうちに中国と完全に異なる日本の夫婦同姓制度について疑問を持ち、また日本において夫婦別姓を支持している人がどのような理由で別姓に賛成しているのか、同姓が強制されていることにどのような問題があるのかなど問いを挙げ、それをテーマとして、修士論文(ここからPDFで閲覧できます)を執筆しました。この記事では、その論文の要旨をご紹介することで選択的夫婦別姓制度がいま置かれている状況を改めて振り返っていただきたいと考えています。

王雅馨さん
王雅馨さん

1.問題意識

日本社会では、夫婦別姓に賛成する声が絶えず上がっています。なぜ近年、夫婦別姓を賛成する声が多くなっているのでしょうか。

筆者は、選択的夫婦別姓に賛成している人が一体どういう人なのか、どんな理由で賛成しているのかといった疑問を持ちました。本研究では、選択的夫婦別姓に賛成する理由をいくつかのグループに分けて把握した上で、人々のライフストーリーを聞くという手法を取りました。

これによって

  1. 賛成理由が時代とともにどう変遷・発展したかという時代的な検証
  2. 分類した賛成理由がどのような相互関係にあるかという質的な検証

をすることを目的としています。

2.選択的夫婦別姓制度に賛成する人が生まれる理由

選択的夫婦別姓制度の実現を求める声は、近年特に高まりを見せていますが、そもそも選択的夫婦別姓に賛成する人はどのような理由で生まれるのかを論じる必要があります。

落合は1994年に、日本社会の「双系化」を指摘しました [落合恵美子, 21世紀家族へ―家族の戦後体制の見かた・超えかた, 1994]。

双系化とは、父子関係と母子関係の双方を社会的に承認された親子関係とすることです。これにより「女性が『家を継ぐ』」という概念が生じました。なお厳密には家制度はすでに廃止されていますので、継承されるのは家名=姓です。ここで娘に家を継がせたい親たちが娘の改姓を望まなくなる、つまり夫婦別姓を支持するようになったといいます。

さらに、夫婦別姓を望むもう一つの層として、キャリアが途絶えてしまうと困る働く女性たちの存在も指摘されています。これは日本社会における女性の社会進出に強く関わっています。

太平洋戦争後の1950年代から、サービス業の発展とともに女性の雇用が拡大しています。女性の雇用拡大(家族外でのキャリアの拡大)と女性が姓を変えることが一般的であるとする慣習の複合的要因により、結婚によって姓が変わった女性がキャリアを分断されてしまうことが問題となりはじめました。

打ち合わせ中の女性3人

上記の通り落合は、夫婦別姓を支持している勢力を

  1. 娘に家を継がせたい親たち(つまり家制度の名残で別姓に賛成しているグループ)
  2. キャリアの分断を望まない働く女性たち

という二つのグループに分けています。しかし筆者は、落合が三つの観点を見逃していると考えます。

一つ目は、アイデンティティの観点です。

女性の社会進出により、女性が自らの社会的アイデンティティを重視する度合いが高まっています。ここで、姓をアイデンティティの構成要素とみなし、改姓によりアイデンティティが負の影響を受けることを避けるために夫婦別姓に賛成しているグループが存在していると考えられるのです。

二つ目は、婚姻の流動化という観点です。

近年、離婚や再婚により家族が再構成されるケースが増加しています。法律婚で姓を変える大多数は女性ですから、再婚する女性は

(1)初婚時、(2)再婚時それぞれで姓を変更する場合が多くなります。さらに初婚からの離婚時に旧姓へ復氏するケースもあります。ここで、何度も姓を変えることになってしまった女性や、母親の再婚相手の姓になりたくない子どもなどが姓を変えずに家族を再構成できるように別姓制度を要求するようになっています。

この場合は改姓が連続したり子どもが改姓したりすることそのものが別姓を求める直接的理由になるというより、そもそも改姓によって発生する他の不都合(キャリアの分断やアイデンティティ喪失)が改姓の連続や子どもの改姓により一層深刻化していると見ることができます。

最後の三つ目は、社会の背景として男女平等を求める声が高まっていたという観点です。

1960年代以降、男性優位の社会構造が維持・再生産される仕組みを解明し、変革を求める「第二波フェミニズム」が発生しました。名前の自由選択は人権の一つであるとの考えのもと、女性ばかりが改姓している状況を問題視し、それを解消するために夫婦別姓の選択肢を求めるようになったグループが存在すると考えられます。

以上のように、落合が指摘した

  1. 家を継ぐ(継がせる)ために改姓したくない(させたくない)人と
  2. キャリアが分断してしまうのを防ぐために改姓したくない人という二つのグループの他に、
  3. アイデンティティを重視し、改姓による自己喪失感を回避したい人、
  4. 男女平等・人権を重視するために望まない改姓を回避したい人がいること

が考えられます。また、婚姻の流動化は(家の継承を除く)他の理由をより強く実感させる要因となっています。

3.夫婦別姓支持の言説分析

先に指摘した夫婦別姓を支持する理由の四つのグループを検証するために、筆者は

  1. 手作業による内容分析で言説を分類・マッピングする
  2. 統計ソフトによる分析を用いてこの分類の妥当性を評価する
  3. 当事者にインタビューを実施してライフストーリーと支持理由の繋がりや支持理由の複雑性を明らかにする

――という三段階の手法を取りました。

内容分析によるグループ分け:

内容分析とソフトウェア分析では、インターネット上のアンケートに寄せられた選択的夫婦別姓制度を支持する意見143件をデータセットとして使用しました。

まず「男女平等グループ」では、人権、家父長制の名残、強制的などといった単語が頻繁に出てきます。

このグループは、他の理由グループと比べると明らかに男性の割合が多くなっています。

彼らは、「妻の視点から問題を考え、妻の意思を尊重し、自分がやりたくないことを相手にもさせたくない」というパートナーに寄り添った考え方をするほか、自由選択の大切さ・家族形態の多様化など倫理面を重視する傾向が強く見られます。

これは、男性では改姓の経験者が少なく、他の理由グループにあるような主観的な意見を持つことが難しいからだと考えられます。

次に「アイデンティティグループ」では、女性が主要な主張者となっています。

結婚により改姓すると自分がいなくなるような感覚になる、という人が多いのが特徴です。これが「感覚」であるために、改姓当事者でない男性の割合が少なくなっているのは先に述べた通りです。またこのグループでは、珍しい姓を持っている方が相対的に姓に対する強い愛着心を持つ傾向にあります。

「キャリアグループ」では、主に仕事の実績が名前に強く関連付けられる職業の方が多く、通称使用制度に否定的な割合が高くなっています。

論文を発表する研究者、国家資格が必要な医師、看護師といった専門職、頻繁に取引先と連絡を取り合う自営業や個人事業主などが挙げられます。

また、旧姓使用者ではパスポートの氏名と業務上の氏名が異なることで手続き上の不便が数多く発生していることから、海外赴任や海外出張の多い業務に就いている方も含まれます。このグループは特定の職業に限られる傾向がありますが、一般的な会社であっても社員の管理に二つの名前が併用されることで使い分けの混乱をもたらすという問題が挙げられています。

最後に「家制度のグループ」では、主に一人っ子を持つ親、家を継ぎたい一人っ子の娘が主張者となっています。

「自分の名前が両親からもらった愛着のある名前」、「両親が名前に意味を込め、それは人格の一部と見られる」、といったアイデンティティに近い考え方の意見もあれば、「改姓すれば私の名字は私の代で途切れてしまう」という家の継承に力点を置いた意見もあることが特徴的です。

日本の古風な結婚式

KH Coderによる分析:

内容分析によるグループ分けは、分析前の推論とおおむね合致しました。ただしこれだけでは筆者の先入観の影響が否定できません。

これをより客観的に評価するため、次にKH Coderというソフトウェアを使用した分析を行いました。この分析では、分析対象となる別姓支持の意見をキーワードごとに分類し、キーワード間の関係性や隠れたキーワードを探し出すことを目的としています。

結果としてKH Coderによる分析では、手作業による内容分析で見出された理由グループの他に「不便さグループ」という新しいグループが見出されました。

「人権」「キャリア」「家名継承」「アイデンティティ」といった他の四つの理由と比べると、「不便である」というのは枝葉末節の主張をしているように感じられるかもしれません。

ではなぜこの理由が計量的分析で出てきたのでしょうか。

筆者は「不便さ」も重要な意味を持っていると考えます。まず、別姓によるアイデンティティの喪失を感じた人にしても、仕事のキャリアの分断を感じた人にしても、それぞれの人数としては全体のうちの一部である一方、改姓手続きの不便さはむしろすべての改姓した経験のある人の共通点だと考えられます。

つまり「人権問題であり、不便だ」「家名継承を阻むものであり、しかも面倒だ」といったように、第二の理由として広く共有されているのが「不便さ」グループであると言えます。そして、生産性や利便性の向上がこれまでになく重視されている今日の社会では、不便であるというそれだけの理由であっても、以前にも増して大きな、影響力のある主張になってきているのです。

これらのことから、今後、選択的夫婦別姓に賛成する理由として「不便さ」はさらに多くの人を共感させる大きなグループになり、この制度の実現を促進するもっとも重要な理由になる可能性があると考えます。

インタビューの分析による重層構造

最後に、これらのデータセット分析から得られた選択的夫婦別姓の支持理由を個人のライフストーリーや思想と紐づけ、個別の支持理由が支持者の中でどのように複合されているかを分析するため、17名の方にインタビューを行いました。

その結果、次の図のように五つの理由グループが重なり合う構造が見られました。

図の最下部にある「男女平等グループ」は、ほとんど全てのインタビュイーが賛成の理由として挙げており、「家制度を肯定するグループ」を除く全てのグループと重なっていることから、選択的夫婦別姓に賛成する人の共通した背景、基盤となっていることが分かります。

下から二番目の「アイデンティティグループ」も多くのインタビュイーが理由に挙げました。「男女平等グループ」との違いは、これを主要な理由として挙げる割合が少なかった点にあります。

さらに上の構造を見ていくと、右側の「キャリアグループ」は特に「アイデンティティグループ」と「不便さグループ」と密に重なるほか、中央の「不便さグループ」は「家制度を肯定する」を除いて、全てのグループと重なっていることが分かります。

左上の「家制度グループ」は、その内部で「家制度を肯定するグループ」と「家制度を否定するグループ」という二つの相反するグループに分けられます。

このうち「肯定グループ」は「アイデンティティグループ」と重なり、「否定グループ」は「男女平等グループ」と重なる構造も明らかになっています。

総合的に見て、この図からは、男女平等の考え方があるべき姿として社会に浸透していることが読み取れます。また、結婚による改姓がキャリアとアイデンティティ双方に影響を与えると考えられていることもわかります。

この背景に女性の社会進出があることは当初述べた通りです。さらに、改姓に伴う不便さを指摘する意見も多くの人に共有されています。

4.結論

これまで見てきた通り、男女平等の考え方の浸透、女性の社会進出及び婚姻の流動化などの社会発展によって、選択的夫婦別姓制度の需要は時間を経るごとに高まっていく傾向にあります。さらに今後は現行制度における「不便さ」も、制度を求める声の中で重要な位置を占めるようになっていくものと考えられます。

参考文献

オウチーノ総研. (2013). オウチーノ総研. 参照日: 2018年10月20日, 参照先: 既婚女性の「新姓・旧姓の使用」に関する実態調査: https://corporate.o-uccino.jp/wordpress2/wp-content/uploads/2013/09/pr20130930_yobina1.pdf

石山玲子. (2009年12月). 選択的夫婦別姓をめぐる新聞報道の分析 : 賛否理由におけるニュースフレームを視野に入れて. 成城文藝(209), 113-95.

太田洋介, 石野陽子. (2010年12月). 苗字に関する態度と自我同一性、家族アイデンティティ、および伝統的家族観との関連―大学生における苗字の役割とその性差の心理学的研究―. (島根大学教育学部, 編) 島根大学教育学部紀要(教育科学, 人文・社会科学, 自然科学)(44), 89-103.

大野聖良. (2018年9月). 旧姓併記は『例外的措置』?――パスポートから夫婦別姓を考える. 女たちの21世紀, 24-25.

落合恵美子. (1994). 21世紀家族へ―家族の戦後体制の見かた・超えかた. 有斐閣選書.

落合恵美子. (1995年1月1日). 「個人を単位とする社会」と「親子関係の双系化」–家族社会学の視点から (家族の変貌と家族法の課題–自立する個人と家族の連帯<特集>) — (家族法の遠景). ジュリスト(1059), 37-44.

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