「選ぶ」が当たり前の国・オーストラリアの姓の選択

エアーズロック遠景

【筆者紹介】

筆者、豊田悦子は、日本で法律婚、ペーパー離婚、事実婚を経験。子ども2人はそれぞれ筆者の姓と元夫の姓。オーストラリア在住23年。再婚したが、改姓していないので別姓婚。現在メルボルン大学教員・研究員。研究テーマには日本の夫婦別姓問題も含む。選択的夫婦別姓に関する意見のタイポロジー、保守論壇のレトリック、法改正を求める人たちの生の声、などの論文を英語で執筆。現在は、ライフスタイル日本人移民の結婚姓への意識について調査中。

こんにちは。今回は、筆者の住んでいるオーストラリア事情について紹介したいと思います。

オーストラリアには姓に関する法律がない!?

オーストラリアには、結婚改姓や子どもの姓に関する法律はありません![1]

というとびっくりなさる方もいらっしゃるかもしれませんが、まあ、考えてみたら、法律で規定することでもないような気がしませんか? 

 

オーストラリアには戸籍というものはありませんが、出生、養子縁組、死亡、婚姻、姓名変更、性別の変更などに関する記録は州政府のBirths, Deaths and Marriages (BDM) Registrarで管理しています [1]。公式な本人確認は主に本人の姓名で行われます。

であるにも関わらず、姓名の変更には非常に寛大な国です。18歳以上のオーストラリア市民および永住権所得者は、姓名を変更したければ、いつでも Preferred Name (好む姓名)を使うことができます。パスポートやクレジットカードの申請などには使えませんが、社会的に使うだけであれば、届け出は必要ではなく、ただ、使ってほしい人達に通知するだけでいいのです。その理由として、”In addition to being a primary means for an individual to be identified by others, a name also constitutes an important component of a person’s self-identity (姓名は、他人から本人であることを特定されるものであると同時に、当人の自己アイデンティティーの一部であるから)” 好む姓名を使う権利があると書かれています [1]

 

公式に姓名を変更するには、BDMへのの申請が必要になりますが、変更したい理由を書いて費用を払えばよほど変な名前(Sex, President, A!3@B0, I-am-beautiful など)でない限りは変更を認められます。この場合は法的な変更になります [2]

結婚したときは、そのまま何もしなければ、配偶者の二人はそれぞれの姓でいることになります。しかし、結婚すれば、費用を払わなくても姓を変える権利が与えられます。

どんな姓を名乗ることができる?

慣習法において、以下のことが可能です [3]。ちなみに同性婚も場合も同じです(オーストラリアでは2017年から同性婚も可能になりました)[4]

 

結婚執行者によって結婚が成立すると、婚姻証明書が発行されますが、婚姻証明書があれば、

  • 配偶者の姓を名乗ることができる。
  • 配偶者と自分の姓の両方を使うこともできる。

どちらも費用はかかりません。

 

例えば、エミリー・スミスさんとトム・カノンさんが結婚すると、エミリーさんは

  • エミリー・スミス (何もしない場合)
  • エミリー・カノン
  • エミリー・スミスーカノン (ハイフン無しもOK)
  • エミリー・カノンースミス
  • 二人の姓を合わせる場合は、どちらが先に来てもいいし、ハイフンあり、なしどちらでもかまわない。

の中から選べます。これはトムさんがエミリーさんの姓を名乗る場合も同じです。

結婚によるこのような姓の変更は、法的な変更ではないので出生証明書の姓は生来の姓のままです。しかし、普段、出生証明書を見せることはほぼないので、結婚証明書を見せて、運転免許証やパスポートの姓を変更すると、ほぼいつでも、その変更した姓を利用することができます。

 

本人や配偶者の姓に無関係の姓(新姓)を選ぶ場合には、可能ですが、その場合は、姓の変更を申請する必要があります。この手続きには、約200豪ドルかかります。費用を払って法的に姓を変えることになるので、出生証明書の姓も変わります。

子どもの姓もいろいろ選択肢があります。
例えば、エミリー・スミスさんとトム・カノンさんの間にロビンちゃんが生まれたとすると:

  • ロビン・スミス
  • ロビン・カノン
  • ロビン・スミスーカノン
  • ロビン・カノンースミス(ハイフンなしの混合性もOK。また、両親が混合性を使ってなくても、子どもに混合性を与えることもできる)
  • ロビン・カノミス (とかのように、二人の姓を混ぜ合わせたものもOK)
  • その他、全く新しい姓をつけることもできる。
  • また、第1子にはスミス、第2子にはカノン、というふうに、兄弟で異なる姓でもOK。

というように、かなり自由が与えられています。何でもOKって感じです。

実際のところは?

なのですが、現実はどうでしょうか。2016年のニュースによると、約80%は妻が夫の姓を名乗る。96%は子どもに父親の姓を与える!!というのです [5]。ちょっとビックリですよね。

 

結婚姓や子どもの姓を既定する法律がないため公表された統計もないので、オーストラリアの結婚改姓や子どもの姓に関する研究論文は皆無に等しいのですが、同性カップルの姓の選択を調べた論文が1本出ていて、その中に、出生届から計算した子どもの姓の選択の統計が出ています。

法律婚カップルの子どもの姓は(2005-2010年の実態、対象305,231人)、

  • 76%    子どもたちの姓が両親と同じ(家族全員同姓)
  • 19%    子どもたちの姓が父親と同じだが、母親とは異なる。
  • 3%    子どもたちの姓は、両親とは異なる新姓。
  • 1%    子どもたちの姓が母親と同じだが、父親とは異なる。
  • 1%    子どもたちの姓は、両親の混合性。

ということです [6]

事実婚カップルの場合

上の統計は、結婚執行者による結婚をした男女のカップルの場合です。事実婚カップルの場合はどうでしょうか。

事実婚カップルというのは、デファクトカップルという名称で知られていますが、結婚執行者による結婚の手続き(式)をしていないけれども、結婚した二人として生活しているカップルのことです。事実婚カップルには、結婚証明書は出ませんが、事実婚であるという証明は二人の関係を登録すれ関係証明書が出ます。

ただし、登録するためには、二人が結婚したカップルであるという証明をしなくてはいけません(一緒に住んでいる証明、近所の人の証言など)。2009年からは(関係証明書がなくても)事実婚カップルにも法律婚カップルとほぼ同等の権利と義務が与えられました。

 

事実婚カップルの子どもたちの姓の選択はどうなっているのでしょうか。残念ながら、事実婚カップルのみの統計がありませんが、「法律婚していない親」の子どもの姓の選択は以下のようになっています(2005-2010年の実態、対象125,522人)[6]

  • 73%    子どもたちの姓が父親と同じだが、母親とは異なる。
  • 11%    子どもたちの姓が母親と同じだが、父親とは異なる。
  • 7%    子どもたちの姓は、両親の混合性。
  • 5%    子どもたちの姓が母親と同じ。父親の記載なし。
  • 3%    子どもたちの姓は、両親とは異なる新姓。
  • 1%    子どもたちの姓が両親と同じ(家族全員同姓)

事実婚を含む、法律婚をしていないカップルの場合は、夫婦別姓が多いので家族全員が同姓という割合はかなり低いです。母親と同じ姓や混合性が、法律婚カップルよりも多くなっています。それでも、73%が父親の姓を子どもに与えているのは興味深いことですね。

「母親は出産を通して絆ができるけど、父親にはそれがないから、姓を一緒にしてあげたい」

というのが一般的な理由のようです。

同性婚の場合

オーストラリアでは2017年から、同性同士の結婚もできるようになりました。しかし、2017年以前にも、同性同士の事実婚はありました。

以下はレズビアンカップルの子どもの姓(2010年時点、対象104人)です [6]

  • 32%     子どもたちの姓は両親の混合性。
  • 31%    子どもたちの姓が母親と同じだが、パートナーとは異なる。
  • 20%    子どもたちの姓は両親と同じ(家族全員同姓)
  • 13%    子どもたちの姓がパートナーと同じだが、母親とは異なる。
  • 4%    その他。

調査対象者の数が全く違うので、単純に比べることはできませんが、同性婚カップルでも、家族全員で同姓になる場合もありますが多くないようです。

約3分の1は子どもに両親の混合性を与えています。母親と同じ姓の場合も3分の1あります。

この結果を見る限りでは、父親姓を与える理由として言われる、「母親は出産を通して絆ができるけど、父親(パートナー)にはそれがないから、姓を一緒にしてあげたい」というのは、同性婚ではあまりないようです。

総括

以上見てきたように、オーストラリアでは様々な選択の自由があります。どのような関係を結ぶのか、自分の姓名をどうするか、自分と配偶者・パートナーの子どもの姓名をどうするか、その都度多くの選択肢の中から選びます。

私の個人的な意見としては、日本でも、別姓を選択できるようにするだけでなく、選択肢に混合姓や新姓も選べるようにしたほうがいいのではないかと思いますが、選択をすることに慣れていない人たちは困るかもしれませんね。

 

オーストラリアでは、2-3歳の子どもの頃から「選ぶ」ことに慣れています。著者の子どもたちが通った保育園では、皆一緒に何かをさせることはほとんどなく、いつも保育士さんが子どもたち一人ひとりに、いくつかの選択肢の中から、今何をしたいか選ばせていました。

ランチの時間も3-4の選択肢の中から何サンドがいいか選ばせるのです。選択の理由まで聞いていました!

それがいいか悪いかは別として、オースラリアはこのように選択をする社会なのです。日本で今年の初めに出版された本には、結婚後の姓、子どもの姓の選択肢が増えれば対立も増え混乱が起きるというような主張がされています[7]が、決められたことをすることに慣れている日本人の中には選択肢が増えるのを面倒だと思う人もいるのかもしれませんね。

 

そういう選択に慣れているオーストラリア人ですが、大多数は法律婚を選び、夫姓を選び、子どもに父親姓を選んでいるというのは、私には意外でした。

友人たちに理由を聞いてみると、「それが一番いい選択だと思ったから」というような答えが多かったです。たぶん、周りの人たちがそうしてきていて、それで問題なかったから、ということなのでしょう。慣習のパワーってすごいですねー。

[1] Commonwealth of Australia (2011). Improving the integrity of identity data: Recording of a name to establish identity, National Identity Security Strategy. https://www.homeaffairs.gov.au/criminal-justice/files/recording-name-establish-identity.pdf

[2] Births, Deaths and Marriages Victoria (2019). Naming restrictions https://www.bdm.vic.gov.au/births/naming-your-child/naming-restrictions (これはビクトリア州政府のサイトだが、他州でも同じ)

[3] Births, Deaths and Marriages Victoria (2019). Changing your name after marriage, separation or  divorce, https://www.bdm.vic.gov.au/changes-and-corrections/changing-your-name-after-marriage-separation-or-divorce (これはビクトリア州政府のサイトだが、他州でも同じ)

[4] Australian Government – Attorney General’s Department (n.d.), Marriage equality in Australia, https://www.ag.gov.au/marriageequality

[5] Garcia, S. (2016). Most Australian women still take husband’s name after marriage, professor says. ABC News. 26 April. https://www.abc.net.au/news/2016-03-31/most-australian-women-still-take-husbands-name-after-marriage/7287022

[6] Dempsey, D. & Lindsay, J. (2018). Surnaming children born to lesbian and heterosexual couples: displaying family legitimacy to diverse audiences, Sociology, 52(5), 1017-1034

[7] 平野まつじ(2019)選択的夫婦別姓―予想される大混乱―、幻冬舎