「選択的夫婦別姓・陳情アクション」というひとつの市民団体。ここにいるメンバーはTwitterを通じて集まった「選択的夫婦別姓の法制化」を希望するいわゆる一般市民達です。そしてその市民団体を統括しているのが事務局長の井田奈穂。彼女はなぜ陳情アクションを立ち上げようと思ったのか、そこにはどういった理由があり、どんな思いで今なお精力的にこの活動を続けているのか。それらの答えが紐解けるロングインタビューです、ぜひお読みください。
自身の結婚、改姓の経験について
--井田さん自身の結婚、改姓の経験について聞かせてください。
最初の結婚は、学生結婚でした。当時も
『結婚はうれしいけど、名字は変えたくない』
という思いがあったので、ごく自然に当時の彼に
『どっちの名字にする?』
と聞いてみたのです。すると彼はキョトンとした様子。自分が改姓する可能性など考えたこともなかったようで
『男が変えるとか、あるの?』
『男が女の姓になるなんて恥ずかしい』
と一蹴しました。両方の実家でも
『女性が変えるのが当然。あなたのほうが一回りも年下なんだし』
『本家の長男の嫁になるのだから』
『結婚は家と家とのつながり』
と、誰一人共感してくれませんでした。私は当時、予備知識がなく『そんなものなのかな』と自分を納得させて『井田』に改姓しました。
改姓後は人知れず違和感がありました。
出産で入院すると、病院で毎日、新姓の『井田さん』と呼ばれ続け、気分が沈んでいったことを覚えています。1度目の結婚から今までそろそろ四半世紀『井田』姓を使っています。慣れはしましたが、選択肢があったら生まれ持った氏名を変えずに済んだ。その思いは、今も胸の中で棘のように引っかかり、時折痛みます。
改姓したとたん、すでに廃止されている『家制度』の思想に基づき、
『嫁』
として扱われる経験もしました。例えば、夫の父から突然、呉服屋を連れて行くと連絡が来たことがあります。
『ウチの嫁にはウチの家紋の入った喪服を作る』
と。
『ありがたいけれど、好きな人と結婚しただけで井田家の嫁になったつもりはないので…』
と断っても
『あなたがどうしたいかは関係ない、採寸させるまで帰らない』
と押し切られました。夫の家の所有物として『焼印』を押された気分でした。
新卒で入った会社でも改姓後の『井田』を使用しました。
仕事上だけの旧姓通称使用は今ほど普及していませんでしたし、複数の氏を使い分けると人事や経理などに手間をかけさせます。何も仕事ができない新卒の立場でいきなり『旧姓を使用したい』と言うのも気が引けてしまったからです。
こうして社会に出てずっと『井田』姓で仕事をしてきたので、38歳で離婚した時も『婚氏続称』をして、元の姓には戻しませんでした。
また、子どもたちが姓を変えたくないと言ったことも『婚氏続称』を選んだ理由の1つです。現在の制度では、私が筆頭者の戸籍に子ども2人を迎えるには、親子が同じ姓でなければならないので、私が生来姓に戻すということは子ども2人も同時に改姓することを意味したからです。
その後、2017年に現在の夫と再婚しました。
当初、法律婚をするつもりはなかったのですが、事実婚状態だった時期に夫が手術を受けることになり、その合意書に私が署名できなかったのです。
病院や担当者にもよるとは思いますが、私には
『“奥様”でない方には署名はしていただけない。ご家族を呼んでください』
と言われ、『家族として扱ってもらえないのか』とショックを受けました。
『また改姓するのは嫌だな』と思いましたが、婚氏続称をしていたため、もし妻の氏(井田)で結婚しようとすると、現夫に、私の元夫の姓を名乗らせることになってしまいます。
『さすがにそれはできない』と思って、仕方なく2度目の改姓をしました。仕事では引き続き、通称として旧姓(元夫の姓)である『井田』を使用しています。
この再婚で初めて社会人が改姓する苦痛を知りました。名義変更が続く中、『改姓は社会的な死』だと痛感しました。
改姓は社会的な死
--『改姓は社会的な死』とは、どういうことですか?
「映画『千と千尋の神隠し』で、主人公・千尋が湯婆婆に、『今からおまえの名は千だ。いいかい、千だよ』と言われるシーンがあります。すると紙に書いた『荻野 千尋』という名前がフワーっと浮き上がり、『千』だけを残して、飛んで消えていってしまう。それと同じような気分でした。
名義変更を繰り返すたびに、自分が名乗ってきた名前が消されて上書きされていく苦痛を味わいました。
ことに私は2度目の改姓です。もう自分が生まれた時から名乗ってきた氏名、みんなから呼んでもらった氏名はこれで完全に消えて、取り戻せなくなりました。公的書類で旧姓を書くと偽名の扱いになります。
望まない改姓作業のために何度も会社の休みを取り、戸籍謄本等の手数料を支払って、過去20数年の社会的氏名を完全に葬る作業を繰り返し続けたのです。誰と結婚しようと私は私なのに、結婚後に生まれ持った氏名を名乗ることは、日本では認められない。
結婚した途端『○○家の嫁』として夫の姓を名乗らねばならない不条理を改めて実感しました。
再婚と子どもたちの改姓問題
--再婚にあたり、お子さん達も一緒に改姓したのですか?
前回の離婚時もそうでしたが、今回も子どもたちの『生まれ持った氏名を変えたくない』気持ちを尊重しました。私だけ夫が筆頭者の戸籍に、子ども2人は筆頭者が抜けた『井田』姓の戸籍に残りました。
現在、私と子どもたちは別戸籍です。
子どもたちは改姓しなくても、塾の引き落としや奨学金の保証人、保険契約など、子ども関連で保護者の名義変更が必要なものも大量にありました。
▲息子が大学生、娘が中学生だった時に「親と別姓でなんか困ってる?」と本人たちに聞いて作った記事。再婚で子どもたちとは法的に別姓になり、一世帯で暮らしている。
選択的夫婦別姓に興味を持ったきっかけ、時期
--選択的夫婦別姓に興味を持ったのはいつ頃だったのですか?
名義変更の手続きがあまりに大変で『これ本当に必要?』と疑問に思った時からです。Twitterで情報を調べてみたら、私と同じように結婚による改姓問題で困っている人のツイートがたくさん出てきました。
同時に、選択的夫婦別姓の概要や、『夫婦同姓を義務付けているのは、もはや日本だけ』という事実を知って衝撃を受けました。『家制度』(家父長制)が廃止された後、姓は家名ではなく個人名です。
しかし、未だに『家制度』の概念に捕われて、夫婦が双方生まれ持った氏で結婚することに抵抗を感じる人が多いこともわかりました。
その後、Twitterで知り合った人に誘ってもらい、選択的夫婦別姓を望んでいる方が集まるオフ会に参加しました。オフ会のメンバーはずっと前から選択的夫婦別姓の実現に向けて活動していて、40年間も前から議論が続いてきた経緯を色々と教えてもらいました。
選択的夫婦別姓を実現するには司法(裁判所)か立法(国会)のどちらかに働きかけることが必要ですが、司法に関しては、当時サイボウズ社の青野社長が訴訟を提起したというニュースが流れ、すごく心強く感じました。
『自分に何ができるかな?』と考えて、まずは選択的夫婦別姓を求める団体が主催し、国会内で開かれた院内集会『いつまで待たせる民法改正!選択的夫婦別姓を求める集会』に参加してみたのです。
院内集会に参加して
--院内集会に参加して、どんな印象を受けましたか?
その院内集会には、超党派の国会議員24人、議員秘書42人を含む148人が参加。
『こんなにたくさんの議員さんたちが賛成しているのに、なぜ法改正されなかったんだろう?』
と率直な疑問を抱きました。
また、選択的夫婦別姓を望んでいる当事者もたくさん出席しており、当事者同士でつながれたことは嬉しかったです。
『私の問題は私1人のものじゃない。日本全体の問題なのだ』
と思うことができました。
なぜ「陳情」という方法を選んだのか
--選択的夫婦別姓を実現するために、なぜ『陳情』というアクションを選んだのですか?
院内集会で出会った地元の仲間と、
『地元選出の国会議員に法改正を頼みに行こう』
という話になりました。
そのうちの一人が中野区選出の国会議員である松本文明衆議院議員に粘り強くアポイントを取ってくれて、2018年8月に初めて会いに行くことができました。議員と名の付く人とお話しするのはその時が初めてでした。
ドキドキしながら私達の思いを伝えると、こんなアドバイスをくださいました。
『あなたたちが困っているのは理解できる。
だが国会議員は、昔ながらの家族観を持っている支持層の顔色を見ざるを得ない。だからこそ法改正を求める当事者があちこちで陳情をして、意見書を地方議会から国会にあげて、“これだけ多くの人たちが法改正を求めているのだ”と示してくれれば、国会議員だって、これは審議すべきだ、と議題にあげやすくなるんですよ』
と。
その時たまたま松本議員の元秘書が当時、中野区議会で議長を務めていた自民党の出井良輔区議でした。
その場で松本議員が出井区議に電話して
『陳情出したいって人達がいるから、会ってやってよ』
と伝えてくれました。
▲陳情のきっかけを作ってくれた松本文明議員(中央)に2度目にお会いし、団体を立ち上げたことを報告した時の写真(2019年2月)
出井区議に会いに行ったところ、
『私の姉は医師で、改姓すると困るから、下の名前でクリニックを開業しているんです』
と私達の困り事に共感してくれました。
そして陳情のやり方もよく知らなかった私達に丁寧に陳情の出し方を教えてくれたのです。中野区議会の他の議員の皆さんも一人ひとりお会いしに行くと、私達の困り事に耳を傾けてくださいました。
その結果一度審議継続にはなりましたが、2018年12月に賛成多数で可決され、中野区議会から国会へ意見書が送られることに。
このとき初めて『陳情を通じて地元の地方議会から国会へ意見書を送る』という方法をフルで実践しました。
市民団体を立ち上げた理由
--『選択的夫婦別姓・陳情アクション』という団体を立ち上げた理由をお聞かせください
中野区の経験を通じて
『この4ヶ月のノウハウを共有すれば法改正を望むほかの人たちも全国各地で同じ動きができるのでは?』
と思いました。
法律を改正するのは国会ですから、最終的には国会議員に動いてもらうことが必要です。国会議員も
『地元議会から意見書が出ました。有権者の声を聞いてください』
と直接伝えれば、『動く動機』ができます。
当事者が直接伝えさえすれば、身近な生活相談の相手として問題に耳を傾けてくれる地方議員の協力は得られることがわかりました。
ならば全国の仲間が地方議会の議員に働きかけて、地方自治法第99条の規定により、『陳情』や『請願』によって地方議会から国会へどんどん意見書を送ることで、一般市民でも国会に法改正を求めることができるのではないか。
そう考えて、2018年12月に『選択的夫婦別姓・陳情アクション』という団体を立ち上げて、サイト開設しました。
行動を起こした2つの理由
--何十年も議論されながら選択的夫婦別姓が実現していないことを知り、それでも自分でアクションを起こそうと思ったのはなぜなのでしょう?
理由は2つあります。
1つ目は『これは私自身の問題だから』。
サイボウズ社の青野社長はじめとする、訴訟の原告や弁護団の方々の発信を見て
『戦ってくれている人がいる。
私には自分でもやれることがあるのに、なぜやらないのか』
と自分に問いかけました。
人任せにして他人事のように声援を送るだけでは、その人のプレッシャーや負担を増やしてしまうこともあります。誰かがやらねばならないことなら『自分ごと』として取り組もうと決意しました。
私達の話を理解し、ともに動いてくださった中野区議会の議員さんたちにも背中を押されました。
2つ目は『子どもたちのため』。
前述の通り、改姓は『社会的な死』を意味します。
改姓によって別の人間に生まれ変わるのがうれしい人もいますが、私には苦痛しかありませんでした。私自身は2度とこの大変な思いはしたくありません。もし法改正されて、再びあの煩雑な手続きで生まれ持った最初の姓を取り戻したとしても、社会的な継続性は取り戻せません。
元夫の姓に戻したいわけでもない。
もうどの姓を名乗っても、嘘をついているような気分です。
私は法改正後もアイデンティティを失ったまま、残りの人生を終えるでしょう。
しかし、子どもたちの世代が同じ苦しみを味わった時、『仕方がないよ』と言うのか。変えるために行動しなかった自分に恥じないか。
私達の世代の責任として、『望まない改姓』を終わらせるべきだと思いました。
また、私の姉が、カナダ人と結婚した後も、生まれ持った最初の姓のまま何の問題もなく幸せな家庭を築いていることを知っていたことも大きかったです。
▲東京・港区議会の委員会で、請願者として趣旨説明。具体的な困りごとを伝えたところ、請願は採択された。
政治的な活動を行うことへの不安
--自分の名前を出して政治的な活動をすることに不安はありませんでしたか?
私の顔や名前がメディアに出ることについて多少不安はありましたので、徐々に公開していきました。
ただ
『代表者の名前も顔もわからない団体は信用されない』
と思ったのと、選択的夫婦別姓を求める裁判で原告だった方から
『これまで何の嫌がらせもなかった』
と聞いていたので、私の家族や会社に対し『陳情アクション』の活動について理解を求めた上で、Twitterでもホームページでも私の名前と顔を公開しました。
議員さんも人間ですから、『顔出し・名前出し』の方が信用されるのは当然だと感じています。今のところ、実生活でなにか嫌がらせされたという経験は一回もありません。
クラウドファンディング企画について
--『選択的夫婦別姓・陳情アクション』の立ち上げから約1年、なぜこのタイミングでクラウドファンディングを企画したのですか?
『陳情アクション』のメンバーが全国に増えてきて、私が地方の勉強会や講演会に行って講師を務めたり、地方のイベントに参加する機会が増えてきました。
当初は
『法改正の道筋をつけたら、早々に解散しましょう!』
という方針で交通費、資料の印刷費等々、活動にかかる費用は全て自己負担で支出していたのですが、法改正まで、まだもう少し時間はかかりそうです。
法改正し、選択的夫婦別姓を実現するためには、これまで以上に全国各地で勉強会を開催し、現実に起きている問題を多くの政治家に知ってもらうことが重要です。
勉強会では
『改姓がハードルとなって結婚できない当事者の不利益』
『望まない改姓を強いられた人の苦痛』
『現在の制度によって生じる改姓手続や旧姓利用に伴う社会的・経済的な損失』
など、特に『具体的な困り事』にフォーカスして伝えています。
議員さんによって思想・信条は様々ですが『同姓か・別姓か』ではなく
『結婚後の姓を選択できないことで、実際に困っている人がいる』
と伝えると、ほとんどの議員さんは理解してくれます。
しかし東京だけでなく全国に講師を派遣し、勉強会を開催するとなれば毎回交通費や会場費等の費用がかかります。クラウドファンディングで広く資金を募り、その資金に充てたいと思っています。
また様々な事情で『陳情アクション』の活動にメンバーとして参加できなくても、選択的夫婦別姓の実現を望み私達の思いに共感してくださる方には、クラウドファンディングに参加することによって私達の活動を後押ししていただきたいと考えています。
同時にクラウドファンディングは
『世の中にムーブメントを起こせる』
という効果もあります。
これをきっかけに、選択的夫婦別姓制度について興味を持ってくださる方が増えること、これまで我慢していた方、疑問に思っていた方が声を上げるきっかけになることを期待しています!
▲2020年2月14日、超党派勉強会で参加メンバーと
※この記事は、インタビューを元に再構成しました。
撮影:齋藤周造
構成担当:S + 杉田誠
投稿担当:Y