後編
政治活動経験ゼロ。一般企業で働くただの民間人が、のちに自民党総裁選に出馬することになる高市早苗議員とのテレビ出演をきっかけに、弾圧を受けた話。前編に続き後編では、日本会議系団体の勉強会から議員会館内にまかれた怪文書まで、高市議員と選択的夫婦別姓反対議員たちが織りなす政界のダークサイドにさらに分け入ることになります。
日本会議系シンクタンク「当事者の主張は悪質なペテン」
前編で触れた高市議員の動きに呼応するように、「日本政策研究センター」研究部長・小坂実氏が選択的夫婦別姓反対の勉強会を開いて回っていることを自民党地方議員の皆さんから聞きました。Twitterを見ると、どうやら兵庫県議会自民党でも小坂氏勉強会があったようです。
同センターの情報誌「明日への選択」令和3年2月号巻頭特集は、高市議員・山谷えり子議員の「私たちはなぜ『夫婦別姓』に反対するのか」。代表の伊藤哲夫氏はもともと宗教団体「生長の家」の中央共育宣伝部長だった方で、今は日本会議の政策委員です。調べてみると、日本会議の役員には多様な宗教団体の方が含まれていました。
小坂氏の勉強会に出席した各地の議員が「決めつけが多くて訳がわからなかった」「カルトだ」と、資料を送ってくれました。
12b10f2827c28c4ca660828c34cf6334-1▲日本政策研究センター・小坂実氏の勉強会配布資料(3ページ)。左下矢印でページを切替できます。
付帯資料として配られているのは、同センター発行の「夫婦別姓『選択制だから問題ない』は本当?」のコピーと、情報誌「明日への選択」令和2年12月号。ここでも私たちの団体の名前を出し、「世論誘導を意図した悪質なペテン」と書かれています。「自民党の勉強会で井田さんたちが貶められていたのが残念。申し訳ない」と謝罪してくれる議員もいました。
反対派が「家名」でなく「ファミリー・ネーム」と言うワケ
同センターの公式サイトを見ると、「民間のシンクタンクとして、自由民主党所属国会議員、各種の議員連盟・政策グループに対する政策アドバイスを行っている」とあります。政権与党である自民党は、こんな支離滅裂論を本気で「政策アドバイス」として扱っているのでしょうか。
だとしたら、今すぐ考え直したほうがいいと思います。まず内容が現行法にすら準拠していません。高市議員の「圧力文書」もそうですが、「ファミリー・ネーム」とは、いったい民法や戸籍法の何条に規定があるのでしょう。横文字を使うのは、もう法律には存在しない「家」を、まだあるかのようにぼやかしつつ同調圧力をかけるためではないでしょうか。
1947年に家制度は廃止済みです。名字はすでに現行法で、個人名の一部。そうでなければ、離婚した元夫婦が同姓でいる「婚氏続称」を、個人の判断だけで決められるはずがありません。
もちろん名字を家名と「思う」ことも個人の信条として尊重されるべきです。だからこそ同姓婚したいカップルもいるし、互いに先祖代々の名字を絶やさず別姓で家族になれる日を待つカップルも、両方存在するのです。74年前から法的に存在しない「家」の価値観で、今を生きる多様な人たちを一律「こうあるべき」と縛ることなど、できるはずがありません。
選択的夫婦別姓は法律の話です。法的な「家名」があるべきとの主張なら、正面切って家制度復活の立法を目指せばいい。高市議員ら反対派は、なぜそうしないのでしょうか。
現に私は今、法的に別姓の娘を法定代理人、親権者として一世帯で扶養しています。彼女に対して一瞬の揺るぎもなく、自分の命より大切な家族だと認識しています。国際結婚や事実婚、離婚再婚、養子縁組、里子を迎えたケースなど、すでに一家庭に複数姓があるケースは日本中に少なくありません。多様な家族がいることを前提に、どう平等に権利を付与していくか。そこが議論されるべきではないでしょうか。
「戸籍姓の改姓は望まないが、ファミリー・ネームが必要」と思う人がいるなら、逆に夫婦・家族共通の名字を通称使用すれば、個人認証の混乱は防げます。実際にフランス人の氏名は生涯が変わりませんが、家族姓を通称として運用することも可能です。
また、小坂氏勉強会では、あたかも小池信行氏が「家の氏」の消滅を嘆いているかのように取り上げられていることも違和感がありました。1996年法制審議会答申の幹事だった小池氏は、法改正に至らなかった無念を抱き続け、四半世紀後、私たちが開催した超党派勉強会でも「個人の尊厳・幸福追求権の尊重という見地から、この制度にご理解をいただきたい」と講演してくださっています。ご本人に確認すると「選択的夫婦別氏制を導入すると、これまで社会生活上、氏が果たしてきた「家族の氏(ファミリー・ネーム)」としての機能が消滅していくのではないかと危惧する人たちもいる。だからこの制度の導入は、それを望んでいる人たちだけではなく、そうでない人たちにとっても無関係ではない、という制度論を述べたまでのこと。選択的夫婦別氏制に対する反対論ではまったくない」と回答をいただきました。
当事者との対面を避け続ける反対論者たち
そんな小坂氏と、私たちがニアミスで対面しそびれたことが後に判明します。7月8日、川崎市議会自民党が法改正推進派の市民と反対派の市民、それぞれの主張を聞く勉強会を時間差で開いてくださることになりました。「反対派の市民がいるならば、ぜひメディアの前で討論させてください」と事前に川崎市自民党に申し入れたのですが、「メディア公開は控えたいが、互いの勉強会の傍聴は可能」との返答でした。しかし直前になって「反対派側のご希望で、やはり傍聴もNGになった」との連絡がありました。
神奈川メンバーと8名で当日会場に行くと、何のことはない、反対派「市民」などおらず、小坂氏が講師だとわかって拍子抜けしました。降壇後、別の出口からお帰りになったようでご挨拶できず残念でしたが、浅野文直議員のブログでご尊顔を拝することだけはできました。
国会議員会館を飛び交った匿名の怪文書と黒幕
8月に入って、高市議員らによる「弾圧」は完全に度を超えました(ここまで来るともはや、権力者から民間人に対する弾圧と言って差し支えないと思います)。
自民党の有志議員でつくる「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の幹部議員たちは、選択的夫婦別姓実現を衆院選の公約に入れるべきだと考えてくれていました。
それならば、在EU永住権の名義変更や、里親申請時、ワクチン接種時など直近の困りごとを持つ当事者から「旧姓使用の限界とトラブル事例」をヒアリングしてもらえないかと提言しました。ありがたいことに8月26日に実施が決まり、登壇するメンバーは勤務を調整。資料作成を進めていました。法学者の二宮教授も、6月23日最高裁決定で「違憲判断をした最高裁裁判官は、通称使用をどう評価しているか」について、お話いただけることになりました。
しかし直前になって賛成議連から「議員会館内でコロナ感染が広がっており、延期させてほしい」と連絡が来ました。稲田朋美議員主宰の「女性議員飛躍の会」でも過去2回、緊急事態宣言を理由に延期となっています。3回目の延期はさすがに残念すぎます。オンライン開催を提言しましたが「どうせやるのなら、マスコミを入れてきちんと取材してほしいので」と延期が確定しました。
翌日、別の議員秘書から「怪文書がまかれている」と伺いました。国会議員会館内の自民党議員全員の事務所ポストに複数回、投函されているというのです。「これだけの量カラー印刷して会館で配布しているから、議員のだれかが指示しているのでしょうね」。
▲8月23〜24日に国会議員会館内で自民党議員全員に配布された内容(5ページ)。左下矢印でページを切替できます。
あまりにも低劣だと感じ、言葉もありませんでした。Twitterで同じ内容が拡散されていることをメンバーが教えてくれましたが、自民党議員にしか配られない案内(私たちも初見)も流出しています。何より国会議員会館にはアポイントがないと入れません。どの議員が手引きしたのでしょう?そう思っていたら、あっさり判明しました。大阪14区選出の長尾敬議員がYouTubeで「8月26日の選択的夫婦別姓推進のアレは完全に潰してきました」と誇らしげに語っていました。
25日朝には、改めて中曽根弘文議員と高市早苗議員の連名の入った「婚姻前の氏の通称使用拡大・周知を促進する議員連盟」名義の文書が投函されたと、議員秘書が送ってくれました。
58a58430e6c644622be1a9b709193ca4▲8月25日朝に議員会館に投げ込みされていた文書(5ページ)。左下矢印でページを切替できます。
新聞記者に聞くと、匿名の怪文書は政界では珍しくないとのこと。私たち当事者の声を誰よりも長時間聞いて、勉強会を開こうと試みてくれた稲田朋美議員らの地元でもまかれているそうで、稲田議員の心中を察すると胸が痛みました。
共産党の機関紙はダメで日本会議の機関誌はOK?
26日には本件が産経新聞でも報道されました。「共産党の機関紙『しんぶん赤旗』に登場したこともある大学教授を招く予定だった」とありましたが、これのいったい何が問題かわかりません。私の知る限り、二宮教授は選択的夫婦別姓に関して、どのメディアの取材も断らず受け、法的知見を広めてくださっています。産経新聞自体、二宮教授に家族法の専門家としてのコメントを依頼し、紙面に掲載しています。
「戸籍時報」誌に家族法と戸籍に関する連載を続けている専門家を、共産党の新聞に取材されたから中傷に使えると思っているとは、あまりにも短絡的で主要政党の一つをバカにしています。「夫婦別姓は左翼的かつ共産主義のドグマ」といった安倍晋三元首相の論を、反対議員たちはまだ踏襲しているのでしょうか。日本以外すべての国で、生まれ持った氏名を変えずに結婚できます(国立国会図書館資料)。結婚改姓しないことが理由で、全世界的に共産主義化してもいません。
私自身も8月27日、公明党の機関紙「公明新聞」に対談を掲載いただきました。これも問題なのでしょうか。あるいは高市議員が日本会議の機関誌「日本の息吹」や極右メディア「虎ノ門ニュース」を使って改姓の苦痛を訴える国民の証言をデマだと貶め続けることは、なぜ問題ではないのでしょうか。
選択的夫婦別姓を導入したどの国でも、家父長制観念から法改正に反発する勢力はありました。単なる事実であり、安倍元首相に限ったことではありません。日本以外の各国はそれを乗り越え、ジェンダー平等のために一歩一歩前進しているのです。
旧姓使用推進議員が、旧姓使用者の証言から逃げ回る理由
選択的夫婦別姓が衆院選で争点になるのは確実です。与党の片翼を担う公明党はすでに公約化を表明し、大口善徳法務部会長も対談で「これ以上の先送りは許されない」と明言。立憲民主党・枝野幸男代表も「公約に間違いなく入る。導入に合意しない政党とは連立政権を組まない」と野党連携を示唆し、9月13日に政権公約第2弾を公表しました。
自民にも衆院選の公約に掲げるべきという議員がいます。ぜひオンライン勉強会を再検討してください。地元にいる議員も参加しやすいはずです。
もとより、「旧姓を拡大すべき」と法案まで書いた高市議員が、旧姓使用者の証言を聞くことから逃げ回るのはなぜでしょうか。ただひたすら生活上の困りごとを訴える当事者に対して、「イデオロギー上の対立」に持ち込んでいるのは、高市議員ら反対派ではないのでしょうか。コロナ禍だからこそ、不測の感染に不安を感じ、一日でも早く法的な家族として認められることを願う事実婚カップルも少なくありません。直接話を聞くべきではないでしょうか。少なくとも高市議員はまず公開質問状の項目を、改めて国民に説明すべきと考えます。
フルスペックの人格権を女性には認めない家父長制観念
高市議員が選択的夫婦別姓反対し、「女性活躍」の名目で旧姓使用推進とは、「男性には難なく認められている『フルスペックで氏名を保持する権利』は女性にあるべきでない」という意味です。
有力者に役職をもらった女性議員にありがちですが、高市議員はたしかに男権社会に進んで順応することで一定の地位を築けたのかもしれません。でも法的根拠もない「ファミリー・ネーム」と称して「イエ」観念で全国民を縛ろうという主張は、2021年の総裁候補としても、立法に携わる議員としてもふさわしいとは思えないのです。
令和3年9月号の「日本の息吹」には安倍晋三元首相が寄稿。「(法改正後は)すでに結婚されている夫婦も1年か2年の経過期間にもう一度同姓のままでいいか別姓にするのかを選びなおすことになるんです」「女房からいきなり『やっぱり私は元に戻します』ということが起こる」と問題視しています。これも、望まない改姓で現に苦痛や不便を感じている女性に話し合いの余地すら与えず、名前の上半分を生涯奪っておくことに、何のメリットがあるのかわかりません。
「自分の氏名で幸せに家庭を築き、安心して生活や仕事ができる選択肢を認めてほしい」。ただこれだけの主張を、権力者がここまで必死に封じようとすることにも呆れます。しかし、屈するつもりはありません。
「ダムに沈んだ故郷」。次世代には引き継がせない
私は2度望まない改姓をし、完全に自己同一性を失っています。もうどの名字も自分とは思えません。便宜上、一番長く名乗った初婚時の姓を通称使用していますが、法改正されても、再び大量の名義変更をこなす気になれそうにありません。名乗り続けたかった生来の氏名は、ダムの底に沈んだ故郷のように感じます。その氏名での経歴はすでに絶たれた。帰りたくても帰れない。こんな苦痛は、私の代で終わりにしたいのです。これから結婚する若者や子どもたちには、どうか望まない改姓をさせないでください。属性に関わらず人格権を認めてください。
右も左も関係ありません。全政党、議員で力を合わせ、40年来積み残されてきたこの人権問題を解決してほしいと心から願っています。