法律婚から事実婚に踏みきったnonocoさんの場合

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--選択的夫婦別姓に興味を持ったきっかけは何ですか?

「初婚は1995年だったのですが、相手が旧家の長男で、当たり前のように改姓しました。結婚後、『あなたはこっちの家の人間だから、実家よりこっちを優先して。』と言われ、『家制度』に取り込まれて、これまで生きてきた自分の人生をリセットすることを求められたような自己喪失感を感じていました。
1996年に法務省の法制審議会から答申があったことで、選択的夫婦別姓制度導入の動きがあることを知り、自分の姓を取り戻したいという希望を持つようになりましたが、相手は全く聞く耳を持ちませんでした。その相手とは数年で離婚しました。
2000年に再婚し、不本意ながらまた改姓しました。でも、再婚する前に、『もし改姓で不都合があったら事実婚に移行しようね』という約束をしていました。その頃転職した会社では通称使用をしていました。」

--仕事で旧姓が使えれば問題ありませんでしたか?

「名刺やメールアドレスでは旧姓が使えましたが、『社員証や給与振込口座は戸籍姓のみ』、『イントラネットでは戸籍姓の登録で旧姓併記』という形だったので、公式の通知等は戸籍姓で来ますし、イントラのシステム改修があるたびに戸籍姓のみの登録にされたりして、現場で度々混乱が起きていました。
約20年間、旧姓使用で働きながら、ずっと違和感を抱えて生きてきました。『仕事での旧姓使用と子育てをがんばってきたけれど、これからの自分の人生を、生まれ持った姓で生きていきたい』という気持ちが強くなり、去年離婚して事実婚に移行しました。」

--選択的夫婦別姓に関する活動をしたことはありますか?

「2008年頃かな、当時流行っていた『mixi』を使って、選択的夫婦別姓を求める当事者同士で交流し、情報交換をしていました。ただ、議員さんに会うなどの政治活動には参加していませんでした。」

--『陳情アクション』の活動を知ったのはいつ頃ですか?

「2018年5月頃、東京に帰省したついでに、『mixi』で知り合った友人と飲みに行き、その友人から井田さんを紹介してもらいました。だから、2018年8月に井田さんが議員さんに会いに行ったことや、その後『陳情アクション』という団体を立ち上げたことなどは、SNSを通じて知っていました。」

--『陳情アクション』の活動に参加しようと思ったのはなぜですか?

「2019年6月に『陳情アクション』のメンバーでもあるサイボウズの青野社長が出身地の今治市議会に陳情を出し、国会への意見書を求めたのですが不採択となりました。それに関するニュース記事を読んだ大阪府の吉村知事がTwitterで『出身地の今治市議会だけでなく、大阪府、大阪市にも陳情を出して議論を深めたらいいと思います。』『僕は選択的夫婦別姓に賛成です。』と発言したので、ここは大阪在住の私がメンバーになって、友人の井田さんと連携して大阪でのアクションを始めようと思いました。

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▲大阪府庁

--『陳情アクション』では、どんな活動をしたのですか?

「大阪府知事が前向きな発言をされたので、一度お話ができたらと思い、大阪維新の会にアポイントを取りました。
大阪府知事の意見表明を受けて、大阪維新の会が勉強会を開催してくれることになったので、まず大阪府議団に向けて勉強会を開催し、その後、大阪市議団と堺市議団にも勉強会を行いました。
大阪府議団と大阪市議団向けの勉強会は井田さんが講師をしてくれたのですが、堺市議団向けの勉強会は私が講師をすることになり、ものすごく緊張して、資料を読むだけで精一杯でした。勉強会の冒頭で、選択的夫婦別姓の議論のポイントは『夫婦別姓・夫婦同姓のどちらか良いか』ではなく『選択制か・強制か』であることを強調したおかげで、議論が建設的な方向に進み、何とか乗り切れました。」

--初めて議員さんに会って、選択的夫婦別姓の話をしたとき、どう感じましたか?

「議員さんとは、勉強会でお会いしたのが初めてでしたが、同じ政党に所属している議員さんでも、温度差が激しいことを実感しました。大阪府、大阪市、堺市の3回、勉強会を行いましたが、それぞれ必ず1人は顔を真っ赤にして反対する議員さんがいました。『選択的夫婦別姓を認めると、戸籍が破壊される。』とか『伝統的な家族が壊れる。』などの懸念をお持ちのようでした。その一方で、『これからの時代、やっていかないといけない。』と言って応援してくれた男性議員や、『選択的夫婦別姓は、本当に必要な制度だ。』と全面的に賛成してくれる女性議員も本当にたくさんいました。特に女性議員は自分事としても関心が強い人が多く、勉強会の後にわざわざ話をしにきてくださる人も多かったです。」

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▲大阪市役所

--大阪の議会では、どのように陳情が進んだのですか?

「大阪府議会、大阪市議会、堺市議会では、いずれも『一般市民からの陳情』ではなく、『議員提案の意見書』を採択する形で進みました。
勉強会の後、窓口役を引き受けてくれた政調会長の議員さんとやりとりして、特に、大阪市議会、堺市議会では維新の会以外の会派にも賛成をもらえるよう、意見書の文面を詰めました。その結果、大阪市議会、堺市議会では自民党以外の会派の賛成を得て意見書採択となりました。自民党は賛成しなかったとはいえ、大阪市議会では『法制化を求める』という私達の意見書案の対案として、自民党独自の『議論を求める』という意見書案が提出されました。また、堺市議会では自民党の女性議員による『反対というより賛成の意見表明に近いのではないか?』と思うような反対討論が行われました。
大阪の政令指定都市では、各党共通して『何らかの議論は行われるべき』という認識は持っているように思われます。」

--初めて市議会で審議を傍聴したとき、どう感じましたか?

「初めて傍聴したのは大阪市議会だったのですが、意見書案が可決された後、今まで窓口になってくださった議員さんが、議員席からこちらを見て会釈してくださって、『これまで政治活動には無関係だった私がド素人でここまでやれたんだなあ』と感じ、思わず握手しにいきたくなりました(笑)。」

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▲大阪市で意見書採択後、テレビにインタビューされた時の写真

--地元の市議会で意見書が可決された後は、どのような活動をしていますか?

「私はWeb関連の仕事をしているので、『陳情アクション』のクラウドファンディングに使う画像を作ったり、サイトの更新などをお手伝いしつつ、次は大阪近辺の他の自治体にお願いしに伺おうと情報を集めています。」

--クラウドファンディングの開始3日目で支援金額が200万円を超え、40日目で目標金額の500万円に到達しましたが、これは予想通りですか?

「いえいえ、正直びっくりしています。クラウドファンディングの公開前のミーティングでは、『最終的に100万円も集まらないんじゃないか?』という声もあったぐらいです。『選択的夫婦別姓を待ち望んでいる人や、改姓問題で本当に悩んでいる人が、こんなにたくさんいたんだ』と気づかされました。Twitterでは『私もじつは悩んでいた。』とカミングアウトしてくれた人がいて、これまで改姓に関する悩みに対して、どうしていいか分からなかった人たちが参加してくれたおかげで目標金額に到達できたと思います。
私も昔、『世の中変わってほしいな』と思いながら、何をしていいか分かりませんでしたから。」

--なぜ『陳情アクション』の活動は、短期間で大きな広がりを見せているのでしょうか?

「やっぱりワクワク感がありますよね。私も『国会に意見書が出せた』という達成感を味わいましたし、全国各地で目に見える成果が出ていることに勇気づけられます。また、情報共有が行き届いていて、他の自治体の動きも分かりますし、自分で納得して行動することができます。勉強会の資料も準備してもらえて、政治活動未経験の私でも講師ができるまでになりました。
また、『陳情アクション』は、特定のイデオロギーの集まりではありません。『これが理想だ』という観念的なものではなく、現実的な困り事を解消することを目的として話し合っているので、とても建設的な議論ができます。
『陳情アクション』のゴールは明快で、『日本で選択的夫婦別姓を実現すること』です。だから、選択的夫婦別姓が実現したら、団体の存在意義がなくなるので、当然、『陳情アクション』は解散します。そのことを井田さん自身も明言しています。
でも、それでいいのです。
『陳情アクションは何を目的として存在し、活動しているのか。』『そのために自分は何ができるのか。』それらが明確で分かりやすいところが、多くの人に支持されている理由ではないかと思っています。」

--nonocoさんが活動を続けるモチベーションはどこから来ているのですか?

「私の娘2人も含めて、次の世代の人に、『以前の私と同じ気持ちにはさせない』という気持ちです。
陳情アクションの活動に加わってから若いメンバーの話を聞く機会が増えたのですが、その方々の悩みを聞いて、『20年以上前に私が抱えていた悩みと全く同じじゃないか!』と衝撃を受けました。『国会は何をしていたのか。』と憤りを感じると同時に、『制度が変わるまで、自分にできることを続けよう。』という気持ちになりました。
近い将来、選択的夫婦別姓が当たり前になる世の中を目指して、これからも活動を続けていきます。」


文:杉田誠
投稿:担当Y